序章:好きだと言いたくなる歌『トリックハート』
本論ではMIMI『トリックハート』を取り扱う。率直にいえば、筆者はこの歌が大好きだ。いや、大袈裟にいえば、一度でもこの曲を聴いたことがあれば多くの人が好きになってくれるのではないか、とさえ思う。
衒いもなく、素直で、優しく、可愛らしい作品。嫌いになるほうが難しいだろう。
しかし一方で、それ以上の理由を深掘りするほうが困難なのではないか、とも予想できる。本論では、その困難さ、つまり本曲が、聞き手の心に染み入るのかという理由を探していきたい。
まず結論だけ言おう。MIMI『トリックハート』は、非常に時代性を帯びているが故に、私たちの心に響くのだ。特に、明晰な頭脳をもつ人、先を見通しすぎる人に、この曲は響くのだ。
第一章:世界は私たちに、心の種と仕掛けを説明させたがる
この曲で注目すべき点は、冒頭にある次のフレーズ。
「種も仕掛けも無い世界を/今日は愛せるのかな」
この部分において、本曲は「見えすぎる人」に呼びかけている。そして、このような人は現代では決して少なくないはずだ。
ここで私は読者に、自身の身の回りのことを思い出してほしい。例えば動画配信サービスで見受けられる慈善活動。マスメディアでのチャリティー番組など。これらを本当に慈善活動として受け入れることができるだろうか。
残念ながら、なかなか難しいはずだ。様々なこと・モノがマネタイズされる現代において、彼ら・彼女らの活動の背景がお金のためであると考えることは、かなりの程度説得力を持ってしまうからだ。良かれ悪しかれ、昔であれば幕内に隠れていたはずの「利害」が今日び、多くの人にも見えてしまう。
この点において「愛せるのかな」と自問する語り手の姿は、聞き手に重なるはずだ。
そして、もう一つ注目しなければならないことがある。
それは繰り返される「種も仕掛けも無いはずの心」という歌詞だ。
これは私たちの自意識を端的に表していると思う。
ここでも筆者を含む私たちは、自身のことを振り返ってみるべきだ。
たとえばスマホを手に取ってみてほしい。検索画面を開けば、そこには履歴が映し出されているだろう。持ち手がどんなことに興味を持ってきたのか、一目でわかる興味関心の足跡だ。一見すると便利な機能はしかし同時に、使い手に「君はこういう人間である」ということを示す。もちろん、これだけではない。ECサイトのレコメンド機能、あるいは就職活動をした人であれば経験があるはずの自己分析。
そう。
どうやら世の中というのは、私たちに「自身を説明せよ」と命じてくる。そうしないと気が済まないらしい。『トリックハート』の言葉を使えば、君の心にある種と仕掛けを全て説明せよと迫ってくるのだ。
「世界」に対しても「自分」に対しても不思議なことを残す余地がない。
明晰であれ、賢くあれ、と時代が呼びかける。
それが私たちが生きている「現代」であると同時に『トリックハート』の基調なのだ。
第二章:種明かしをしない優しさが、心をもう一度動かす
だからこそ、この曲は胸を打つ。
本曲で登場する手品は、そんな明晰すぎる私たちを慰める。
たしかに、少なくとも歌詞の中に、披露したと思われる手品の内実は書かれていない。わかることは手品を披露した人が、それを見てくれる人を笑顔にしようとしていることぐらいだ。「君は カードの魔法で 微笑んだ」とあるように。
しかし、筆者としてはそれでいいのだとも思う。この手品の内容は書く必要がない。
なぜか。
曲は次のように語る。
「おまじないみたいな 手品ひとつ」
ここで披露されている手品は、おまじないなのだ。
笑顔を引き出せる手品であり、そんな笑顔がみたいと思う人がいると思い起こさせるおまじない。内実はなんでもいい。ただ笑顔にする。肝心なのはそれだけなのだ。
考えてみれば簡単な話だ。もし手品のネタを明かそうものなら、手品師は再び「君」という存在を、賢さというの檻のなかに引き戻してしまうことになる。「君」から笑顔を奪ったであろう「賢さ」という冷徹な尺度のなかに、連れ戻すわけにはいかない。だから手品のネタは明かさない。「明日の最後 笑えるまではこの種を明かしちゃいけない」のだ。
そして、こうして「心」は蘇る。
計算できないこと、心が躍ること、理由はないけどなぜか好きなこと。
「世界」も「私」も説明し尽くしたなかに見つけた「心」の本当の動き。
だから本曲は次の歌詞で締めくくられるのだろう。
「種も仕掛けもないはずの 心の欠片を探す旅に出るハートのA」
結論:それでも笑顔でいたい人たちへ
名曲だな、と素直に思った。
本サイトの記事をいくつか見てもらえればわかってもらえると思うが、最近のボカロ曲におけるヒット作は社会風刺、あるいはアンチテーゼのようなものが多い。それが流行なのだろう。
しかし、そんな環境だからこそ、この曲は星のような輝きをもって聞き手の心を慰める。
時代性を帯びながらも、現状を腐すことなく、皮肉るわけでもない。
どれほど今が悲惨でも「それでも笑顔でいたい」という聞き手の願いを優しく包んでくれる。歌詞の巧みさ以上に、このような真摯な姿勢が『トリックハート』の最大の魅力だと私は思う。


コメント