序論:平成という時代と「何者か」への欲望
「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」
これはアニメ『輪るピングドラム』の台詞だが、これは平成という時代を象徴しているものではないか、と筆者は思う。振り返ってみれば平成という時代は「何者かになりたい」という欲望が溢れかえり、それらが挫折した時代だったと感じるからだ。
さて、なぜこのような前置きをしたかといえば、本論で考察する曲『スーパーヒーロー』は、そんな平成の最後の年に生まれたからだ。私には、平成という時代に鮮やかなグッド・バイを本曲は告げたように思える。これがどういうことであるかを歌詞から考察していくのが本論の役目だ。
先んじていえば、本曲は、様々な将来の可能性をほのめかしながらも、その状態に足踏みすること自体を咎めている。しかし、それと同時に別の状態を賞賛しているのである。そして、そこにこの曲のタイトルの本質が宿っている。さっそくみていこう。
一章:拒絶されるのは「可能性の保留」か、「目的なき手段化」か
本曲の特徴といえば、まさに「~になってみたい」の羅列だろう。
「王様」「兵隊」「神様」「放浪者」
これらはいずれも「なってみたい」の対象として列挙されている。しかし、この「なってみたい」という状態を語り手である「僕」は拒絶する。「そんなことを妄想してる 僕だけには断じてなりたくない」という風に。
これは同時に「君」にも向けられているまなざしでもある。曲中には「そんなことを妄想してる 君だけには断じてなりたくない」とあるぐらいなのだ。
冒頭で本曲を「平成という時代に鮮やかなグット・バイを本曲は告げた」と言った。そう思う根拠が、まさにこれである。これらの歌詞は、平成という時代に溢れていた「何者かへの欲望」に決別を告げている。
しかし、このような整理はいささか粗雑に映るはずだ。筆者自身、冒頭で「その状態に足踏みすること自体を咎めている」と書いている。より正確にいうならば、本曲は「何者かになる」こと自体を拒絶しているわけではない。その可能性の留保について拒否を示している。
さて、ここからが面白い。
この曲が本当に拒絶しているのは、手段の目的化であることに読者諸氏はお気づきだろうか。言い換えてしまえば、この曲の「~になってみたい」について「なったとして、それで何をするのか、何を成すのか」ということに、この曲は答えていない。明言もしていない。
確かに「何かを本気で守ってみたい」「命を懸けても悪に挑みたい」と歌詞は続くが、さらにそれはなんのためなのか、という点については完全に沈黙している。なぜ守ってみたいのか、なぜ挑みたいのか。そんな疑問にこの歌は答えることができない。
そして、この視点を失ってしまっては、本曲の後半の真意にたどり着くことはできないだろう。
二章:「それでも僕は」と思うとき
この曲は最後「あなたは何を言われてもあなただ だからこのままでいて」という一節がある。見方に寄ってはかなり残酷な一文である。「~なってみたい」という妄想から察するに、「僕」は、まだ何者でもないのだ。さらにいえば、「何者かになる」と決めた「僕」が、いずれかの可能性に向かって邁進していると仮定しても、「このままでいて」というのは、退路を断つという意味になってしまう。「邁進している君」を肯定するという上記の推測は、言い換えれば「がんばっている君が好き」という平凡な条件文になる。だが、それは同時に「頑張らなければ愛されない」という冷酷な一文に変容してしまう。
しかし、である。
本曲の真意はそうではないのだ。
前節の考察、つまり、この曲に現れている拒絶が手段の目的化であることに注意したい。
もし、この曲の拒絶の射程が、そのような状態であるとするならば、「このままでいて」という一文は、手段の目的化をしない「僕」に対してのメッセージとなる可能性が浮上してくる。
語り手である「僕」は、何者かになれる可能性を保留にしない。同時に、「~になってみたい」という願望に対する「なぜ」にも充分に答えることができない。このような身振りから想像するに「僕」というのは、直面した困難や悲しいことから逃げず、真摯に向き合うことができる人物像を思い浮かべることができないだろうか。
自分が何者であろうと構わない。困っている人がいれば助け、悲しんでいる人がいれば慰めてやる。「僕」という人物はそんなヒーローみたいな人なのではないか、と私は思う。
このような筆者の妄想に読者はどう思うだろうか。
根拠薄弱と思うだろうか。
所詮は妄想だと一笑に付すだろうか。
敢えて言おう。
根拠ならある。
思い出してほしいのだ。
本曲のタイトルは「スーパーヒーロー」である。
結論:応援歌は響き続ける
いかがだっただろうか。
あらためて言うまでもなく、この曲は自身の応援歌としても聞くことのできる名曲である。だが、その頑張った先や、頑張っている途中において、自分を応援してくれた人を決して無下にしてはいけないのだ、と思わせてくれる。応援してくれる人は、夢をかなえたあなたでもなければ、夢破れた君、あるいは頑張っているから、という理由で傍にいたわけではない。何か自分の挑みたいことがあり、それに対して真摯に向き合う、そんなあなたの魂が魅力的なのだと思う。そんなことを改めて示してくれる本曲を、名曲と言わずしてなんと言おうか。
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